2012/09/07 「エルサレム旧市街〜その眼差しに沈むもの〜」

朝5:00過ぎ、テルアビブ着。

寝れたような寝れないようなぼんやりとした頭で
エルサレム行きのバスを探す。

6:00発エルサレム行き乗車(1人15.30NlS)
またもやWi−Fiフリー。

1時間ほどでエルサレム着。

トラム(路面電車)で目指す宿周辺へ。
切符の買い方を若い女子に聞いたら、代わりに買ってくれる。
旧市街の入り口、ダマスカス・ゲートまで約10分程(1人6.6NIS)

下車、目指すラムセス・ホステル目指す。

発見。

閉まっている。

ノックしても、呼び鈴を押しても、隣の商店から電話しても、
今年の恵方の方角に向かって屁をこいても、誰も出てこない。

まじか。

と思い、ダマスカス・ゲートをくぐり、旧市街へ。

昨日、Mさんに教えてもらったゴールデン・ゲートにイン。(ドミ1人70NIS 朝食付き)

腹ぺそだったので、ダメもとで聞いてみたら

「もう今日の朝食から食べても良いよー」

とかイケメンな事を言う。

ありがたし。

宿に荷物置き、早速旧市街を歩く。

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昔の町並みが残っており、その中をイスラム教徒、キリスト教徒、ユダヤ教徒が歩く。

聖地。

聖母マリアの生誕地。
ゴルゴダの丘へ向かい、キリストが最後に歩いた道ヴィア•ドロローサ。
キリスト教徒最大の巡礼値、聖墳墓教会。

アッラーが天に召されたというイスラム教の岩のドーム。

ユダヤ教徒が祈りを捧げる、嘆きの壁。

国の成り立ちからどこか、すっくり行かないこの国。

嘆きの壁に祈りをささげるユダヤ教徒。

讃美歌を歌いながら、磔に向かったキリストと
同じ道を歩くキリスト教の巡礼者。

その町の空にイスラム教のモスクから流される
アザ—ンが鳴り響く。

ユダヤ正教徒にまつわる都市伝説が頭をかすめる。
どこか冷たい、他者を拒絶するような雰囲気。
とはいえ、見ていると彼らも笑って話しているし
自分達となんら変わりなく思える。
たぶん、自分の今まで触れた事の無い理の中に生きているから
遠くに感じるんだろうと思う。
彼らが歩いていると、その周囲に中世にタイムスリップしたような雰囲気が生まれる。
そういう光景を見ると、旅冥利に尽きるなぁと思う。

この日、町中を見て歩いたんだけれども
一番印象に残っているのはあるパレスチナ人の男性だった。

旧市街の細い路地、人が群がっているジュースの屋台。
なかなか買えずに困っていたら、声をかけて来て助けてくれた若者。

彼は、片腕を失っていて

「イスラエルの空爆でやられたんだよ...」

少し、寂しげに微笑みながら呟いた。
彼の目は、悲しみも怒りも通り越したような
諦めのようなものを湛えていて、その眼差しの奥に沈んでいるものに
ニュースや本や人の話で聞きかじった薄っぺらい知識に
すっ...と現実の無惨さを突きつけてこられたようで
どんな言葉をかけたらいいのか解らなかった。

昨日のMさんに聞かせてもらった話を思い出す。

イスラエル政府のパレスチナ人に対する弾圧。
それに対する報復。

ガザは今でも空爆されている。(2014年イスラエルはガザに地上侵攻した)

地図を見れば、ガザの人々はどこにも逃げられない状態なのが解る。
そして、Mさんの話では、同じパレスチナの中でも
ガザと他の地区ではまた考えが違っているという。

どこにも逃げられない状況がガザの人々を追いつめていて
対話というよりも、徹底抗戦の気運がとても高いのだとか。

そして、イスラエルはもちろん、自分達に手を差し伸べてくれない
周辺のイスラム国家にも怒りを抱いているという。

どこにも救いを求められない状況と
向き合わざるを得ない先の見えない現実。

近代兵器でガザ地区を殲滅させようと思えばいつでもできるイスラエル。

そんな日常を生きるには、怒りや憎しみを糧にしなければ
心がもたないのかもしれない。

この後もイスラエルに数日滞在する事になって、イスラエルとパレスチナの問題が
少しだけ見えて来たような気がするんだけれども、それはまた書くとして。
近年、イスラエルの中でもパレスチナへの軍事行動に反対して
兵役を拒む若者が増えているらしい。

イスラエル人が全て悪いかと言えばそうではないし
パレスチナ人だけが被害者かといえばそれも違う。

ただ、軍事行動が起きれば、そこでは人はただの戦闘単位でしかなく
相手側の人もただの作戦上の標的でしかなくなる。

兵士が敵の戦闘単位を「人間」として見てしまったら
兵士として機能できなくなる。

その戦闘単位1つ1つに、家族があり、人生がある。
それを見ないようにして引き金を引く。

その引き金の先にいたのが、ジュース屋で会った
パレスチナ人の兄さんだったのかもしれない。

もしこの先、イスラエルとパレスチナが和解して
一緒に未来を歩む事になっても、この争いの中で
大切なものを失った人達は、身の内に消せない負の感情を
抱き続けて、理屈で解っていても消せないものに
身の内側から焼かれるようにして生きて行かなければいけない。

この2つの国の問題だけじゃなくて
世界中のありとあらゆる、戦争や紛争が
一度火がついたら容易には消せない物であるのに
いつまでたっても根絶できない理由。
人間が人間である以上、それは越えられない壁なのかもしれないと思う。

自分にも大切なものがあって
誰かにも大切なものがあって
それを奪われて、生まれる復讐心を
自分の中だけで押さえ込む。
そんな聖人みたいな事、圧倒的大多数の人には真似できない。

この旧市街は

イスラム教徒が住む、ムスリム地区。

ユダヤ教徒が住む、ユダヤ教徒地区。

キリスト教徒が住む、キリスト教徒地区。

アルメニア人が住む、アルメニア地区。

この中だけで、4つに分かれたこの場所。
奇妙なバランスの上に成り立っている一画。

とても興味深い所だらけで、面白いんだけれども。
ひょいっと訪れたバックパッカーが考えてどうにかなる物でもないのに
なんだかいろいろ考えてしまう日々の始まりだった。

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※テルアビブ → エルサレム 1人15.30NlS
※バス停 → トラム 1人6.6NIS

※ゴールデンゲート•イン

ドミ(男女別) 1人70NIS
朝食付き
Wi-Fi有り(フロント周辺のみ)
場所はイマイチ説明しにくいのでごめんなさい。
旧市街の中にあります。
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by kurikurigururi | 2014-11-10 21:42 | イスラエル | Comments(0)
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