カテゴリ:バングラデシュ( 4 )

2012/04/10 「バングラ出国」

蚊と寒さでほぼ寝れず、朝。

余った340タカ。
ドルに両替しようとするも
250タカのコミッション(手数料)がかかるとの事。

「今までこんな国なかった!!」

と、くりくり、おむずがりのご様子。

どうせ使えないのなら…と空港内のレストランにて
朝食代として全て使い切る事を決意。

空港内の、25%のサービス手数料がかかる残念なレストランにイン。
340タカしか所持していない事を伝え
337.5タカで収まるよう注文。

結果、生温かい食パン(1人2枚ジャム、バター等無)
ティーパックのお紅茶1人1杯。

会計時、伝票を見る。
と、注文の品代が安く書き込まれている。

何故か?

350タカしか持っていない我々から
ウェイターのおっさんが自分のチップ代として
少しでもピンはねしたいがため。

悲しくなる。

それに、今、書いている事の貧乏っくささにもまた

悲しくなる。

飛行機登搭乗、今回も遅延。
好きな所に座って良し、との事。
座席番号、意味は。

約2時間ほどフライト。

そういえば、ビーマンバングラ航空。
CAが子連れで勤務していたり
到着時、乗客の見送りどころかシートで爆睡していた。
なんて噂を聞いたけれども、ビーマンバングラ、できればそのままでいてほしい。


着陸時、ビーマンバングラの粋なはからいなのか








あい~ん!!!!!








あい~ん!!!!!









てな感じで、機体、激しく2回バウンド。

ただでさえ飛行機苦手なくりくり。
死を覚悟し、魂が抜けかかる。

このまま空港に突き込み、爆発炎上。
アフロ的髪型で口から白い煙を吐き吐き

「いっやー、死ぬかと思いましたよ、実際、はは。」

なんてって、テレビの取材に答える自分たちの姿。

一瞬、脳裏をかすめる。


全体的に残念なフライトを終え、なんとか無事、ネパール着。


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by kurikurigururi | 2012-05-17 16:57 | バングラデシュ | Comments(0)

2012/04/09 「濃ゆし国、バングラ」

昨晩から朝にかけ、雷雨。
雨、上がった9:30頃起床。

↓宿の屋上から
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チェックアウト。
宿に荷物預け、両替の為
金融街、モティジ―ル地区へ。

昨日と変わらぬ、混沌の街。
道中、人に尋ねながらひたすら歩く。
うまく表現できないけれど

人、人の視線、気遣い、好奇心、好意、善意
音、物、臭い、排気ガス…

あらゆるものの密度が異常に濃く感じられ
街を歩いていて、五感がパンクしそうになる。

途中、ビジネスマンに道を尋ねる。
わざわざ両替所まで先導
両替が終わるまで面倒を見てくれ、帰りも途中まで送ってくれる。

ベトナムやインドであれば
最後にチップを要求されるような事も、善意でやってくれる。

他の国で持つべき警戒心。
これが、むしろ引け目に感じる。

宿に戻り、荷物持ち、リキシャでバス乗り場へ。
乗り場でも皆、世話を焼いてくれる。

ネパールへの飛行機、翌朝8:50発。
バングラの交通手段がいまいち
というか、ほぼ掴めず。

ので、念の為、今夜は空港泊。

恐ろしい渋滞の中、約1時間弱かけて空港へ。

空港内、流石に空港内では人々に取り囲まれることが無く
内心、ホッとする。
檻中のパンダ状態からの解放。

空港内、野良wi-fiに驚く。

無数の蚊に襲われ、献血。
空港ベンチで就寝、試みる。
も、ほとんど寝れず。


↓空港ベンチで爆睡を試みるくりくり之図
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観光資源も無く、独自の産業も持たない
この国が発展するのにはまだ時間がかかるだろうと思う。

今までは、インドのマルチビザが切れそうになれば
一旦、近隣国に出、再びインド入国。
なんてな具合に、インドを起点に周辺国へ足を延ばす旅行者が多く
バングラへも足を運ぶ人が多かったという。

けれども。

「インドのマルチビザ、2か月ルール」なるものが出来
(一度インドを出たら2カ月入国できない)
ますます、旅行者の足が遠のくかもしれない。

10年後、バングラデシュはどうなっているのだろう?

バングラデシュ、衝撃的な国だった。

驚きの余韻冷めやらぬまま、空港泊。





↓バススタンドまで乗っけてもらったリキシャのにいさん。

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by kurikurigururi | 2012-05-17 16:54 | バングラデシュ | Comments(0)

2012/04/08 「おっさん各種、ヒートアップ」

9:00過ぎ起床。

した我々は今、




「ノーッ!ビーフッ!ノーッ!!」





つって。

食堂の親父に声を張られていた。

と、いうのは。

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起床後、レセプションで
すぐにチッタゴン方面に移動すると言うIさん達と話し
宿1階のアル・ラザックレストランへ。

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宿の情報ノートに

「注文時と会計時に値段が違う。」

という情報あり。
最初に値段確認。
4年前の情報よりも値上がり気味。

くりくり

「前もっと安かったよね?」

と聞こうとし

「ビフォー…」

と、言いかけた所。









「ノーッ!ビーフッ!ノーッ!!」








と、声を張られるはめになったのであり、その後、何度か

「いや…そうじゃなくてビフォー…」

「んノーッ!ビーフ!ノーッ!」

をリピート。

(*牛禁なのはヒンドゥー教の人も多く居るからなのか?)

どうしても 「ビフォア」 を 「ビーフ」 に変換してしまう親父。
水飲みたくて飼い主にじゃらつくも
飼い主にただ構われて放置された犬みたいな気持ちで

チキンカレー、ナン(140タカ 8タカ)
チキンビリヤ―二 (120タカ)

注文。

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うまし。

歩いて周辺散策。

ブリガンガ河方面へ向う。



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ひとまず、人の多さに笑う。




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人も車もリキシャも常に大渋滞。



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排気ガスと道端のゴミから漂う臭気。

自分達以外に旅行者の姿も無い、取り残された感。

これが、ダッカの洗礼というやつか。

我々を後ろから追い抜いた人々が

首、もげますよ?

てな位に振り向き、我々をガン見しながら去ってゆく。

ちょらちょらしていると、ひっきりなしに話しかけられる。

「どこの国から来た?」
「名前は?」
「アル・ラジャックに泊まっているの?」

何度も同じ事を至る所で聞かれる。

バングラの人々、基本的に人がよい。
ニコニコしながら話しかけてきて
一言二言話すと去っていく。

道に迷っていると
ずいぶん長い距離一緒に歩いて案内してくれる。

「金銭を要求されるんじゃないか?」

と、疑ってしまうけれどもそんな事はない。

写真を撮っていると

「俺を撮りなよ!」

と、ポウズを頂け、風景を撮ろうとしても
自主的にフレーム内に入ってくる。

ひたすら歩き、ブリガンガ河近くの市場まで来た時、雨。

雨宿り。

と、1人のおっさんが我々を店に入れてくれる。

ここに座れと、イスを用意してくれ

「どこから来た?」から始まる。

「ジャパン」と答えると、おっさん、スイッチオン。

「トーキョ―?オーサカ?」

「ノー、ナガノ」

「ナガ…?ナガサキ?」

「ノーノー、ナ・ガ・ノ」

「ナガ…サキ?ナガサキ、ヒロシマ!」

「…」(ま…いいか)












「 ア メ リ カ ン ! !
ド ン ラ イ ク ミ ― ! !!!」

(突如声を張って)














「?」
(2人とも頭の上にでかい「?」)













「 ア メ リ カ ン ! ! !
ド ン ! ラ イ ク ミ ― !!!!
ジ ャ パ ニ ー ズ !!!
ラ イ ク ミ ―!!!!」


(アメリカ人は私が嫌いです。日本人は私が好きです。)







おっさんがアメリカ人に好かれていない、なんて告白され
日本人には好かれている旨を力いっぱい力説されている理由が解らず
この世で一番アホな顔。
というものがあれば、それはこれ。
というような痴呆的な表情の我々におっさん、



「 ア ン ダ ス タ ン っ!?!?!?」
(ヒートアップ気味で)




「や…アンダスタンだけど…アンダスタンじゃないよぅ…はは…」


おっさん、身を乗り出し、更に、ぐるりに食って掛かるかの如き勢いで


「 ア メ リ カ ン! ヒ ロ シ マ!ナ ガ サ キ !

ア ト ミ ッ ク ボ ム ! ツー タ イ ム ス !!

  メニ―ジャパニーズピーポーダイ!!!

ア メ リ カ ン !!ド ン ラ イ ク ミ ―!!!」



「アメリカ人、広島と長崎に原爆2回も落とした。
 日本人たくさん死んだ。
 アメリカ人!俺が好きじゃない!」


ここに来てやっと理解。


「俺はアメリカが嫌いだ!日本人は好きだ!」


というのを少し違って覚えてしまっている模様。

そして、広島、長崎の原爆投下を心から怒ってくれている。

「ほんとにアンダスタン」

津波と原発はどうだ?
日本は大丈夫か?
と聞かれる。

今はまだちょっとアレだけれども、大丈夫。

「JAPAN WILL RISE AGAIN」

と、

答え、ありがとう。

と、伝え。

雨がやんだので、行こうとする。

と、

まぁちょっと茶でも飲んでけ!

と、

茶。

その後、おっさんは我々をAhsall Manzilという
バングラデシュの王族博物館へ案内してくれ
何か困ったことがあれば、ここに連絡せよ。
と名刺をくれ、写真を撮って別れる。

↓Ahsall Manzil
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その後、宿に戻り、洗濯等。

夕方、適当な店に入り
トルカリショブジ(野菜カレー)ポロタ(チャパティ)(2人で45タカ)
食し、ドイ(濃厚なヨーグルト250g50タカ)購入し宿へ戻る。
ドイ、ものすごい濃厚なチーズクリームの様な味。

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うまし。

町中に流れるアザ―ンの事をレセプションで聞く。
朝、昼、夕方に流れるとの事。

(アザ―ン:イスラム教徒にとお祈りの時間を知らせるよびかけ)

アザ―ンが流れている町の雰囲気、心地よい。

人に優しくされ、何も解らなかった恐怖感が薄れるも
それに少し、疲れた1日。

夜、雷雨。


↓商店のおやじ。良い笑顔。
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by kurikurigururi | 2012-05-17 16:42 | バングラデシュ | Comments(0)

2012/04/o7 「真夜中のバングラデシュ、入国」

予想以上に近代的なバングラ空港。

バングラデシュのイメージとかなり違う。

偶然、同じ飛行機だった日本人
Bさんに声をかけられ少し立ち話。
このままトランジットし、カトマンドゥに向かうとの事。

イミグレ―ション通過時、係員、異常にフレンドリー。
冗談まで言いながら、津波の事を心配してくれる。

バングラデシュ、ダッカ市内。
情報がほとんど無く
深夜帯の移動は少し危険、との情報もあり

空港から市街まで移動するか

空港内で朝まで待つか

悩みながら両替をしていたところ。

Iさんという日本人の方に声をかけられる。

「こんな所に日本人が居る」

と思い声をかけてくれたらしい。

Iさんはドイツ人の友人とドキュメンタリー制作の為
バングラデシュへ来たとの事。

一緒にタクシーをシェアし
市街まで行かないかと誘ってもらう。

車中、いろいろと興味深い話を聞かせてもらう。
海外在住者の目に映った3・11。
日本の日常ではなんとなく
タブーとされているような気がする、原発の話。

Iさんの住むタイでも原発を作る動きがあるらしい。
けれども、タイの中では3・11以降

「日本ができなかったんだから原発はやめるべき」

という声も上がってきているとの事。
タイの人々はどんな選択をするのだろう?

宿周辺へ向かう車内。
割れた窓から見える風景。

おそらくダッカ市内の街並み。

暗いせいか、スラム街に見える。・

ほぼ人気もなく、誰にも守られない信号が律儀に労働している。

目指す安宿周辺、突如、人の群れに遭遇。

何だ?ここは?

宿に着くも、人が出てこない。。

我々が車内の荷物を見、
Iさん達がなんとか宿のスタッフを呼び出してくれ
なんとか、チェックイン。

噂通りの年季の入った宿。
南京虫も居るらしい。

入室後、日本で出たら
ちょっとした騒ぎになる大きさ…


スマホレベルのゴキブリ出現。


ぐるり、迷わず駆逐。


Iさんに空港で声をかけてもらえ、本当に助かった1日。

とにかく、寝る場所を確保できたことを感謝しつつ、5:00頃就寝。

ボロでもなんでも、寝る場所があるのはありがたい。
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by kurikurigururi | 2012-05-17 16:14 | バングラデシュ | Comments(0)