<   2014年 12月 ( 4 )   > この月の画像一覧

「岩のドーム」

岩のドーム

旧市街南東の神殿の丘。
ソロモン神殿があったとされ
ダビデが神との契約の箱を置いた場所とも言われている。

そんな場所に建てられたメッカ、メディナに続く
イスラム第三野の聖地。
岩のドーム。

神殿の丘までは入れるけれども
岩のドームの中には一般人は入れない。
a0259756_22071460.jpg

a0259756_22050738.jpg
a0259756_22051721.jpg
a0259756_22052161.jpg
入り口に誰かいるなぁと思ったら,,,
a0259756_22062784.jpg
携帯いじってるおねいさんw
a0259756_22062738.jpg
壁面のタイルが美しい。
a0259756_22072619.jpg
a0259756_22073017.jpg
a0259756_22073994.jpg
a0259756_22082157.jpg
a0259756_22082531.jpg
a0259756_22061812.jpg
a0259756_22060146.jpg
a0259756_22060139.jpg
a0259756_22060151.jpg
a0259756_22052845.jpg
a0259756_22060119.jpg
a0259756_22063920.jpg

神殿の丘〜岩のドーム

ムスリム以外の一般人は嘆きの壁南側の
モロッコ門から通路を通って神殿の丘へ。
夏期と冬期で入れる時間が違うので注意。
午前中に行くのがいいかも。
入場料は無料。

もちろん、肌の露出した服装は控えるべし。
あと、ここはイスラムの聖地。
以前、ムスリム教徒に変装して
中に入った日本人女性がいるみたいだけれど
信仰心を持ってここを訪れているムスリムの人々に
とても失礼な事だと思うので
そういう事はやめた方がいいかなぁと思います。
SNSやブログのネタにはなるかもしれないけれど
敬意は大切にしないと。
もし見つかったら
どうなっても文句は言えないと思いますよ。






[PR]
by kurikurigururi | 2014-12-14 22:49 | イスラエル | Comments(0)

2012/09/10 「エルサレム新市街」

a0259756_23042000.jpg
朝一で聖墳墓教会へ。
初日、イエスの眠る墓を見れなかった。
そのリベンジ。
毎回、鬼混みしているので、朝早くに向かう。
も、ミサの最中。

a0259756_23043189.jpg

先に岩のモスクへ行ってみる。
今日も嘆きの壁では、たくさんのユダヤ教徒が祈りを捧げている。
a0259756_23112434.jpg
a0259756_23113147.jpg
a0259756_23060186.jpg
岩のモスク。
中には入れず。
そういえば、
池上彰さんがテレビ番組で特別に入れてもらっていた。
a0259756_23062292.jpg

a0259756_23060502.jpg
岩のドームの周りをちょらちょら見た後、聖墳墓教会へ。
ツアー客ですでに混み気味。
a0259756_23070080.jpg
この中。
a0259756_23223476.jpg
列の最後にちょんと並び、待つ事約30分。
やっと中に入れたと思ったらば
墓係の聖職者の人、壁を叩きながら

「ハリアップ!!フィニッシュ!フィニッシュ!」

キリストの墓かもしれない場所をとっくりと観る事もかなわず
荘厳さなり、厳粛さを感じる間もなく、チラ見程度で退出を促される。

後ろのクリスチャンと思われる欧米人女性なんか軽く涙ぐんで入ったのに
さっさと出される、祈る間もなく。

多くの人間をさばかなければならないのは解るけれども
これはどうなんだろう?
静かに、静かに、と何度も注意されている人を見たけれども
この聖職者達の方がよほどやかましい。
なんだかなぁ。

宿に戻り朝食。
毎回ありがたい。
a0259756_23115657.jpg

その後は、ヤッファ門付近のツーリストオフィス。
翌日のベン・グリオン空港までのシェアタクシーの事を聞く。
a0259756_23065243.jpg
んで、少しちょらちょら。
a0259756_23071245.jpg
a0259756_23071828.jpg
a0259756_23072325.jpg
a0259756_23073202.jpg
a0259756_23073544.jpg


今度は、そのままエルサレム新市街地へ。

こちら側はまったく街並みが違う。
a0259756_23123735.jpg


a0259756_23075895.jpg
a0259756_23074768.jpg
a0259756_23075983.jpg
a0259756_23075936.jpg
a0259756_23081416.jpg
a0259756_23083508.jpg
a0259756_23083553.jpg
a0259756_23083624.jpg
a0259756_23083669.jpg
a0259756_23083685.jpg
a0259756_23083657.jpg
a0259756_23083680.jpg
a0259756_23084961.jpg
a0259756_23090335.jpg
a0259756_23133263.jpg
a0259756_23090617.jpg
a0259756_23091254.jpg
a0259756_23093547.jpg
a0259756_23092447.jpg
a0259756_23094028.jpg
a0259756_23100208.jpg



整備された街並み。
洗練された店舗が軒を連ねる。
有名ブランドもちらほら。

ハイサムが言っていた、経済の問題なんかを思い出す。
もし将来、一つの国になったとしても
経済的な格差が生まれるだろうし、経済的な面では
パレスチナはイスラエルに食われてしまうだろうなぁと思う。

街中で偶然に出会った日本人の奥さんとオーストラリア人の旦那さん夫婦と話す。
彼らはパレスチナ人の家にカウチサ—フィンで泊めてもらっているとの事。
(※カウチサーフィン:宿では無く、一般家庭に泊めてもらう事)
当然、この問題の話にもなるらしく、旦那さんは

「今のイスラエルがやっている事は完全にいじめだよ。
 歴史をさかのぼっていけば、アラブ側にも非はあるけれども
 今している事は本当にひどい。ヒトラーは嫌いだけれど
 今は彼の考えも少し理解できるようになってしまった。」

と言う。

これには少しだけ、同感。
過去、ユダヤ人がナチスドイツにされた事を
今、彼らはパレスチナにしている。
ナチスのした事は決して許されるべきでは無いし
これからも起きてはならない事だけれど

「ユダヤ人は世界を手に入れようとしている。」

というヒトラーの考えが
イスラエルに来てみて少し解るようになった。

「世界の中心はイスラエル」

それがユダヤ人の潜在的な考えである事は、街を歩いていてなんとなく感じる。
すでに遺伝子の中に「選民思想」のような物があるのだと思う。
世界の中でこれだけわがままを言ってもやっても何も言われない国。
だけど、だからイスラエルの人が誰彼かまわず嫌いかといえば
もちろん、そんな事は無い。
イスラエルに入ってすぐに、地元のおねいさんに親切にしてもらったり
街中で助けてもらったりしているし。
だけども、それと同時に、イスラエルの空爆のせいで
片腕を失ったパレスチナ人の兄さんの目も思い出す。

難しい。

考えてどうにかなる事ではないけれど。

数時間、街をちょらちょらした後、夕飯を購入。

宿へ戻り、夜を過ごす。

宿の近くで昼寝してたぬこ様。
a0259756_23065559.jpg

↓新市街のショーウィンドウで爆笑。
a0259756_23075887.jpg


[PR]
by kurikurigururi | 2014-12-07 23:57 | イスラエル | Comments(0)

2012/09/09「反分離壁運動の最前線、ビリン」

エイラットでMさんに教えてもらった
反分離壁運動の最前線、ビリンという村へ向かう。

バスのバックミラーに吊るされたファティマの手。
a0259756_15592022.jpg


ダマスカス・ゲートを出、エルサレム・ホテル前のバス乗り場で18番バス乗車。
まずはラマーラという町へ(1人7.3NIS)

約30分程で着。
a0259756_15553210.jpg
a0259756_15562879.jpg
a0259756_15540520.jpg
a0259756_15562829.jpg
a0259756_15554506.jpg

ライオンのモニュメントのあるサークル。
ここから見える「HOLLYWOOD」とでかい看板のあるビルの横の道。
AL-ZAHRA通りをまっすぐ歩き、右手に出たバス乗り場でビリン行きバス乗車。
(1人7NIS)

約30分程でビリン到着。

バスドライバーの兄ちゃん、乗客が我々だけになり

「ビリンのどこに行きたいんだ?」

と聞いてくる。

「分離壁を見たいのと、あと、ハイサムって人知ってます?」

と答える。

「壁はこの道をまっすぐ行けばいい、ハイサムは知ってるよ。」

と言って

「帰りにもしバスが拾えなかったら、電話しな。」

と言って、電話番号を教えてくれる。

a0259756_15553268.jpg


ここに来る前に観た映像や聞いた話から想像からは
拍子抜けするほどの、長閑で静かな穏やかな村。

オリーブの植えられた畑の脇をちょらちょら歩く。

a0259756_15553290.jpg
a0259756_15553218.jpg
a0259756_15553226.jpg
a0259756_15525719.jpg
a0259756_15540584.jpg
a0259756_15525705.jpg
a0259756_15525721.jpg
a0259756_15525792.jpg
a0259756_15540597.jpg

a0259756_15525782.jpg

遠くに分離壁が見えてきた、その時。

壁の方から地元の人が3人乗った車がやってきて、我々の前で止まる。

「どこに行くんだ?」

「壁が観たいのですけども、この道であってますかね?」

「この道でいいけど、今は誰もいないよ。」

「あ、うん。誰もいなくても大丈夫です。
 分離壁を見てみたいだけだから。」

「そっか。んじゃ、気をつけて」

なんつって立ち去る。

引き続き、ちょらちょら向かう。

と。

先ほどの車、カムバック。

車内2人に減っている。

「乗ってきな。」

と言う、ので、乗せてもらい、壁まで移動。

a0259756_15525748.jpg
a0259756_15525761.jpg
a0259756_15534100.jpg


イスラエル兵に焼かれたオリーブが所々に。

a0259756_15554471.jpg
a0259756_15554410.jpg
抵抗運動中、命を落とした村人の墓。
a0259756_15554472.jpg
a0259756_15554440.jpg





分離壁の見える場所まで行き、話を聞かせてもらう。

聞けば、抗議運動で以前より壁を500mイスラエル側へ押し返したらしい。
この2人、この近くで子供の遊べる施設を作っていてその作業員だと言う。

「分離壁の近くに作って子供達は危なくないの?」

と聞く。

「どうして危険なんだ?ここは俺たちの土地だ。
 危険だと思う場所には作らないよ。
 本当はあの壁の向こうまで俺たちの土地なんだけどね。」

イスラエルが

「自爆テロを防ぐための治安維持対策」

という理由で建設を始めた分離壁。

しかし、国連の定めた停戦ラインよりもパレスチナ側に入って建設され
ここビリンでは、オリーブ農家が突如
イスラエルに畑を破壊され土地を奪われた。
当然、それまでオリーブを育てて生計を立てていた農家は職も土地も失った。
以前は分離壁の向こう側もビリン村だったと、2人は言い
この向こうに自分の畑があった農家の話もしてくれた。

ギリギリまで壁に近づきすぎると危険だから。

と言って、そこそこの距離で村へ戻る。

ハイサムの話をすると、知ってるよ。
と言って電話してくれ、そのまま、ハイサムの家の前で降ろしてくれる。
と、そこにはすでにハイサムが立って待っていてくれた。

2人にお礼を言って別れる。

ハイサム宅にお邪魔しつつ、いろいろな話を聞かせてもらう。

基本的に語学力に乏しい我々。
聞きたい事が山ほどあって、伝えたい事も山ほどあるのに、おぼつかない。
そして、彼が話してくれる事を必死に聞きとろうとする。
も、完全には理解できない。

村人に向けて撃たれるゴム弾。
当たれば当然痛いし、当たり所が悪ければ致命傷になりうる。
a0259756_15534892.jpg

それでも、彼の作ったフィルムを見せてもらったり
実際、彼が今、反分離壁運動の事をどう思っていて
これからどうすればいいと思っているのか。
それを聞かせてもらう。

かなり冷静に見ている。

と思う。

いろいろな課題や問題もまだ山積みの中で
この運動を続けている。

その精神力に敬意を払う。

昨晩もイスラエル軍の「夜間ガサ入れ」があったと言う。

「夜間ガサ入れ」

深夜、皆が寝静まった頃、イスラエル兵が「治安維持」を名目に
一般家庭に押し入り危険物を持っていないか、等を調べるのだという。
突然やってくるイスラエル兵に子供の観ている前で
乱暴に押さえつけられたりして、それを見て子供が泣いていようと
おかまい無しに家の中を調べていくのだと言う。

「ただの嫌がらせだよ」

寝る時間を奪い、住民の生活に影を落とし
抵抗運動の気運を削ぐのが目的だろうという。

パレスチナ人は壁の向こうに自由に行けないのに
イスラエル側は平気で入ってくる。

なんだこの理不尽。

疑問に思っていた事をハイサムに聞いてみる。

「パレスチナの人々は、1つの国として独立する事を望んでいるんですか?
 それとも、イスラエルと関係が改善できたら
 協力していけたらそれでも良いと思っているんですか?」

そう、イスラエルとパレスチナを見ていて思ったのは
経済的な発展度で言えば、イスラエルの方が遥かに上。
もし、この2つの国が完全に分かれれば経済面で
深く関係している部分はどうなるのか。
パレスチナは貧困という問題に押し潰されてしまうんじゃないか、という事。
民族の誇りは大切だけれども、それで子供達のお腹が膨れるわけではないし
貧困が新たな火種を産むだろうし。

「それは...難しいね。僕もどちらがいいのかは解らない。
 確かに、今のパレスチナはイスラエルに及ばない点がいくつもあるし
 経済面で頼っている事も無視できない。
 実際にこの村の中でも、以前より反抗運動への熱は冷めてきている。
 イスラエル兵の嫌がらせでまともに寝られず、昼間は仕事して
 そこにさらに反抗運動までっていうのは生活への負担が大きすぎる。
 それでも、運動は続けないといけないんだけれどね...」

話を聞いていると、村の住民の中でも、生活への負担から
抵抗運動に参加する人が少し減って来ている。
実際、抵抗運動中にイスラエルの使う催涙弾や
ゴム弾の直撃で怪我をしたり、中には命を落とした人もいるという。

その一方で、外国から来て、抵抗運動に参加する人もたくさんいるらしい。

けれども、外国から参加する人の何割が本気なんだろう?
とか思ってしまう。
その人達は、何か問題になっても自分の国という逃げ場がある。

村人が非暴力の抵抗運動をしていても、もし、誰か1人が石を投げたり
イスラエル兵を殴ったり、といった暴力行為を行えば
それは、イスラエル側に「武力行使の口実」を与えてしまう。
もしそれが、大きな衝突に発展してしまった時
腹を据えてそこに留まれるのか?
SNSに書くネタ位の気持ちで来ている人もいるんじゃないだろうか。
とか、意地悪な事を思ってしまう。

「抵抗運動」「レジスタンス」「反抗精神」
そんな言葉はかっちょよく思えるし、その運動に加わる高揚感もあるだろう。
でも、そこで生活している人はファッション的に
そんな行動をしている訳でなくて、切実だと思う。

シリアでも、最初のきっかけは
「外国人活動家の煽動」だったという噂を見かけた。
ネット上で見かけた事だから真偽は解らないし、何とも言えないけれど。
もし、その活動家が「武力行使したい側の送り込んだ人間」だったら?
とか、いろいろ考えてしまう。
ほぼ妄想だけど、人々がいがみ合っていた方が、都合のいい人達もいるだろうし。

数時間滞在させてもらって、家を出る。


バス停まで歩き、辺りをちょらちょらしていると

民家の壁に銃痕があったり。
その痕を見ていたら、2階から声をかけられた。
そこの家の少女が興味津々に話しかけて来た。

「日本人?」

「そうだよー」

とか簡単な会話だけして別れる。

a0259756_15554548.jpg


ラマーラへ戻り、エルサレム行きバスに乗る。

ラマーラで遅い昼食。シャワルマ。
a0259756_15540598.jpg
a0259756_15562810.jpg
a0259756_15562997.jpg
a0259756_15562805.jpg

途中、チェックポイント。

パレスチナ側からイスラエルに入るには金属探知機をくぐって入る。
逆の時は何も無いのに。
地元の人はそのチェックの為に、時間を浪費させられる。
なんだかな。

バスを降り、ダマスカス・ゲートの辺りをちょらちょら。

a0259756_15562975.jpg
アラブ系の店の並ぶ辺りをちょらちょらする。
a0259756_15563796.jpg
a0259756_15563762.jpg


で、お菓子屋でこれ食す。
クナファなるチーズ味のめっさ甘いお菓子。
んまし。
a0259756_15562993.jpg

くりくり、なんとなく体調悪し、早めに宿へ戻る。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※エルサレム → ラマーラ → ビリン

ダマスカス・ゲートを出、エルサレム・ホテル前のバス乗り場で18番バス乗車。(1人7.3NIS)
約30分でラマーラ。

ライオンのモニュメントのあるサークルから見える
「HOLLYWOOD」とでかい看板のあるビルの横の道。
「AL-ZAHRA通り」をまっすぐ歩き
右手に出たバス乗り場でビリン行きバス乗車(1人7NIS)
約30分でビリン。

ビリンは本当に小さな村で、少し歩いてみても店も無かった。
「抵抗運動の最前線」という言葉からイメージするような
武骨な感じは無く、穏やかな人気の無い所。
ちなみに、この村の事が「壊された5つのカメラ」という
ドキュメンタリー映画になっているので
それを観てもらえればよく解るかも。




[PR]
by kurikurigururi | 2014-12-04 22:10 | パレスチナ | Comments(0)

「分離壁〜プロテスト•アートのキャンパス〜」

分離壁。
イスラエル側が建設したコンクリート壁。
名目は自爆テロ防止のためと説明している。
しかし、イスラエルの入植地を恒久的な自国領土とする既成事実化を
目的とされていると言われ、この壁がパレスチナ人達の生活を分断し
彼らの生活に多大な影響を与えている。
この壁の建設は国際的に非難されている。

 
a0259756_22344522.jpg
a0259756_22344543.jpg
a0259756_22344597.jpg
a0259756_22345923.jpg

2005年8月
イギリスの覆面アーティスト、バンクシーがイスラエルを訪れ
監視塔から銃で威嚇されながら、9枚の絵を残す。
たくさんの銃を向けられながら行ったアート•テロ。
それから、多くの人が壁をプロテスト•アートの表現の場として
政治的抗議の絵が増えて行く。
a0259756_22344596.jpg
a0259756_22344570.jpg
a0259756_22344521.jpg
a0259756_22344593.jpg
a0259756_22343695.jpg
a0259756_22343684.jpg
a0259756_22343681.jpg
a0259756_22343634.jpg
a0259756_22343673.jpg
a0259756_22343604.jpg
a0259756_22343600.jpg
a0259756_22343679.jpg
a0259756_22342231.jpg
a0259756_22342294.jpg
a0259756_22342241.jpg
a0259756_22342242.jpg
a0259756_22342217.jpg
a0259756_22342276.jpg
a0259756_22313920.jpg
a0259756_22332003.jpg
a0259756_22332028.jpg
a0259756_22332005.jpg
レイジのジャケをパクったものもw
a0259756_22332020.jpg
a0259756_22332026.jpg
a0259756_22331304.jpg
a0259756_22331349.jpg
a0259756_22331385.jpg
a0259756_22331363.jpg
a0259756_22331209.jpg
a0259756_22331287.jpg
a0259756_22331249.jpg
a0259756_22324973.jpg
a0259756_22324954.jpg

a0259756_22324928.jpg
a0259756_22324914.jpg
a0259756_22324935.jpg
日本語発見。
a0259756_22324987.jpg
a0259756_22324927.jpg
チェックポイントの駐車場。
夕方で車がほとんどいなかった。
チェックポイントを抜けてイスラエル側へ入る時
後ろから来たアラブ系の若者はとても入念にチェックされていて
我々がほとんど何も無くスルーできたのに
しばらく出てこなかった。
a0259756_22350014.jpg
壁周辺を歩いていたら、パレスチナ人の若者が
イスラエル側の壁の警備員と笑いながら挨拶していた。
知識だけで見ると、違和感のある光景だったけれど
何も無ければ、毎日顔を合わせるだろうし
少しづつ親しくなるものなのかもしれない。
或は
壁の近くではイスラエル側とうまくやって行かないと
生活が出来ないのかもしれない。
常に臨戦状態ではないし
何より、壁に描かれた絵を見にツーリストが訪れる。
ガイドブックには載っていないけれど
観光名所の一つではあるし。
と言っても、このコンクリート壁は
無い方が良いとは思う。

a0259756_22344516.jpg

※ベツレヘムのへブロン通りを北へ歩いて行こうとしたら
めっさ親切なタクシーにタダで乗っけてもらったので
相場の金額は解りません。
歩ける距離ではあります。
イスラエルへ戻る時は、帰りのバスがチェックポイントの辺りから
出ていますが、夕方とかだと中々来ないので、ご注意をば。


















[PR]
by kurikurigururi | 2014-12-02 23:14 | パレスチナ | Comments(0)