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2012/09/11 「ベングリオン空港出国審査〜トトロのご加護?〜」

パッキングし、チェックアウト。

荷物を預かってもらい、昨日のツーリスト・オフィスへ。
イタイという日本語を話せる兄さんが居て助かる。
19:40発のシェアタクシーを手配してもらう(1人62NIS)
何でも、来年から勉強する為に日本へ行くらしい。
ちゃんと我々を乗り場まで連れて行って教えてくれる。

そのまま、新市街へ出る。
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かゆいとこは万国共通w
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昨日に続いて、店舗を見て歩く。
物価はほぼ日本と同じ。
なので、簡単にほいほい物は買えない。
くりくり、日本から持ってきた化粧品が終わりかかっていたので

メード•イン•死海の化粧品購入。
化粧品は日本より安い、らしい。
気のいいおっちゃんの経営する店舗で購入。
空港での免税手続きやこれからの続く旅の中での使用方法
お肌の相談など、親身に話してくれる。
アラブのマーケットではこういう事は少ない。
「買え買え」だけだし。

先日見て気に入っていたポスターを3枚程購入。
少しくかさばるけれども、ティンガ・ティンガを持ち歩いていた事を思えば
もはや、屁。

ぐるり、迷った末、バンクシ—アートの本購入。
重し、けれども、欲しいという気持ちが勝つ。

昨晩と同じ店舗で同じサンドを購入し、昼飯。
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ケバブも食す。


注:ケバブです。↓
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...。


で、宿に戻り、共有スペースに出発の時間まで居させてもらう。

19:00頃、約束のピックアップ場所で待機。
結構、時間通りに迎えに来る。

途中、他の乗客をピックアップしつつ
ベングリオン空港まで約1時間半程で着。

かなり広く、近代的な空港。

「鬼のように厳しい出国審査」

という言葉が脳内にチラつき

早めにチェックイン、すべく、チェックインカウンターへ向かう。


「AM1:00からだから、その時間に来るようにー」

と言われ、コンセントの使えるベンチを探し、待機。
くりくり、ドラマ爆視聴。
ぐるり、意欲的に虚脱。

そんなこんなでAM1:00、少し前にカウンターへ。
と、女性の若い審査官が近付いてき

「英語話せる?」

「俄然、ノ—で」

と答えておく。

でないと、英語で聞かれて、イマイチ曖昧な所を
適当に返事したら、よく解らないけどそこで引っかかって、
ちょっと話聞こかぁって、別室送り。
みたいな事になるかもしれないですし、おすし。

すると、日本語で書かれたチェックシートを手に、いくつかの質問。

「荷物のパッキングは誰がしたか?」

「パッキングしてからどこに置いていたか?」

「誰かに何か渡されなかったか?」

「護身用の銃など持っているか?」

全て答え、バックパックをX線スキャン。

ぐるりだけ見事に引っかかる。

近くのカウンターでバックパック開封。

何が引っかかったのか?

あれこれ考える。

全く心当たりがないんだけれども。

若い男性の審査官




「これは何?」




バックパックの中から取り出す、それは。




「お塩とお茶でございますッス!」



そう、南アで自炊用に購入し、なかなか減らない塩
および、各地で購入した茶葉。
これらが何か刺激的でゴージャスなブツと疑われたらしい。

「は!?南アフリカ??
 塩を南アフリカで買って持って歩いているのか?」

「はい。思ったより減らなくて。
 やっぱ、塩は重要ですね、料理に味つきませんもの。」

「…じゃあOKだよー」

なんつってパス。

拍子抜けするほど簡単にクリア。

チェックイン済ませ、イミグレ。

出国時、問答無用でスタンプを押されてしまう事がある。
なんて噂を聞いていた。

まずはくりくり。

何やら、イミグレのおばちゃんと笑いながら話している。

あっさり、ノ—スタンプ処理。

続いてぐるり。

「ソーリー。ノ—スタンププリーズ。」

おばちゃん、にこやかに「解ってるわよー」的に微笑み

ノ—スタンプ処理。

去り際「アリガト」と言われる。

後でくりくりに聞くと

「トトロのネックレスしてて、素敵だねって言ったらアリガトって言われた」

との事。

ははん、それで笑ってたのか。

なんにせよ、事前に調べていた

「審査に何時間もかかり、ボーディングタイムぎりぎりで飛行機に飛び乗る」

なんて事にもならず、空港内のピザハットにて遅すぎる夕飯。
シェケルが多めに余っていたので、タイ出国時の様なひもじい有様は回避。

事前の心配をよそに、余裕すぎるほどゆったりとした気分で過ごす。

ベングリオン空港、無事出国。

AM4:30、ペガサス航空でイスラエル出国。

くりくりぐるり、トルコへ。

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※エルサレム → ベングリオン空港
 タクシー 1人62NIS
 途中他のお客をピックアップしたりしつつで約1時間半位。

※ベングリオン空港出国検査

 事前にネットで調べたり、人に聞いたりして恐れていた
 嫌がらせ的な厳しい審査は無かったです。
 審査官にもよると思うけど。
 けれども、どこでもそうだけど素直に受け答えして
 あまり無駄に反抗的な態度は取らない方が吉と思われます。
 そういう人を取り締まるのが仕事だし。
 ギリギリに空港につくんじゃなくて早すぎる位についていた方が
 多分、なにかと安心ですよ。

 
 



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by kurikurigururi | 2015-01-02 18:52 | イスラエル | Comments(0)

「岩のドーム」

岩のドーム

旧市街南東の神殿の丘。
ソロモン神殿があったとされ
ダビデが神との契約の箱を置いた場所とも言われている。

そんな場所に建てられたメッカ、メディナに続く
イスラム第三野の聖地。
岩のドーム。

神殿の丘までは入れるけれども
岩のドームの中には一般人は入れない。
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入り口に誰かいるなぁと思ったら,,,
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携帯いじってるおねいさんw
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壁面のタイルが美しい。
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神殿の丘〜岩のドーム

ムスリム以外の一般人は嘆きの壁南側の
モロッコ門から通路を通って神殿の丘へ。
夏期と冬期で入れる時間が違うので注意。
午前中に行くのがいいかも。
入場料は無料。

もちろん、肌の露出した服装は控えるべし。
あと、ここはイスラムの聖地。
以前、ムスリム教徒に変装して
中に入った日本人女性がいるみたいだけれど
信仰心を持ってここを訪れているムスリムの人々に
とても失礼な事だと思うので
そういう事はやめた方がいいかなぁと思います。
SNSやブログのネタにはなるかもしれないけれど
敬意は大切にしないと。
もし見つかったら
どうなっても文句は言えないと思いますよ。






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by kurikurigururi | 2014-12-14 22:49 | イスラエル | Comments(0)

2012/09/10 「エルサレム新市街」

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朝一で聖墳墓教会へ。
初日、イエスの眠る墓を見れなかった。
そのリベンジ。
毎回、鬼混みしているので、朝早くに向かう。
も、ミサの最中。

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先に岩のモスクへ行ってみる。
今日も嘆きの壁では、たくさんのユダヤ教徒が祈りを捧げている。
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岩のモスク。
中には入れず。
そういえば、
池上彰さんがテレビ番組で特別に入れてもらっていた。
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岩のドームの周りをちょらちょら見た後、聖墳墓教会へ。
ツアー客ですでに混み気味。
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この中。
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列の最後にちょんと並び、待つ事約30分。
やっと中に入れたと思ったらば
墓係の聖職者の人、壁を叩きながら

「ハリアップ!!フィニッシュ!フィニッシュ!」

キリストの墓かもしれない場所をとっくりと観る事もかなわず
荘厳さなり、厳粛さを感じる間もなく、チラ見程度で退出を促される。

後ろのクリスチャンと思われる欧米人女性なんか軽く涙ぐんで入ったのに
さっさと出される、祈る間もなく。

多くの人間をさばかなければならないのは解るけれども
これはどうなんだろう?
静かに、静かに、と何度も注意されている人を見たけれども
この聖職者達の方がよほどやかましい。
なんだかなぁ。

宿に戻り朝食。
毎回ありがたい。
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その後は、ヤッファ門付近のツーリストオフィス。
翌日のベン・グリオン空港までのシェアタクシーの事を聞く。
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んで、少しちょらちょら。
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今度は、そのままエルサレム新市街地へ。

こちら側はまったく街並みが違う。
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整備された街並み。
洗練された店舗が軒を連ねる。
有名ブランドもちらほら。

ハイサムが言っていた、経済の問題なんかを思い出す。
もし将来、一つの国になったとしても
経済的な格差が生まれるだろうし、経済的な面では
パレスチナはイスラエルに食われてしまうだろうなぁと思う。

街中で偶然に出会った日本人の奥さんとオーストラリア人の旦那さん夫婦と話す。
彼らはパレスチナ人の家にカウチサ—フィンで泊めてもらっているとの事。
(※カウチサーフィン:宿では無く、一般家庭に泊めてもらう事)
当然、この問題の話にもなるらしく、旦那さんは

「今のイスラエルがやっている事は完全にいじめだよ。
 歴史をさかのぼっていけば、アラブ側にも非はあるけれども
 今している事は本当にひどい。ヒトラーは嫌いだけれど
 今は彼の考えも少し理解できるようになってしまった。」

と言う。

これには少しだけ、同感。
過去、ユダヤ人がナチスドイツにされた事を
今、彼らはパレスチナにしている。
ナチスのした事は決して許されるべきでは無いし
これからも起きてはならない事だけれど

「ユダヤ人は世界を手に入れようとしている。」

というヒトラーの考えが
イスラエルに来てみて少し解るようになった。

「世界の中心はイスラエル」

それがユダヤ人の潜在的な考えである事は、街を歩いていてなんとなく感じる。
すでに遺伝子の中に「選民思想」のような物があるのだと思う。
世界の中でこれだけわがままを言ってもやっても何も言われない国。
だけど、だからイスラエルの人が誰彼かまわず嫌いかといえば
もちろん、そんな事は無い。
イスラエルに入ってすぐに、地元のおねいさんに親切にしてもらったり
街中で助けてもらったりしているし。
だけども、それと同時に、イスラエルの空爆のせいで
片腕を失ったパレスチナ人の兄さんの目も思い出す。

難しい。

考えてどうにかなる事ではないけれど。

数時間、街をちょらちょらした後、夕飯を購入。

宿へ戻り、夜を過ごす。

宿の近くで昼寝してたぬこ様。
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↓新市街のショーウィンドウで爆笑。
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by kurikurigururi | 2014-12-07 23:57 | イスラエル | Comments(0)

2012/09/09「反分離壁運動の最前線、ビリン」

エイラットでMさんに教えてもらった
反分離壁運動の最前線、ビリンという村へ向かう。

バスのバックミラーに吊るされたファティマの手。
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ダマスカス・ゲートを出、エルサレム・ホテル前のバス乗り場で18番バス乗車。
まずはラマーラという町へ(1人7.3NIS)

約30分程で着。
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ライオンのモニュメントのあるサークル。
ここから見える「HOLLYWOOD」とでかい看板のあるビルの横の道。
AL-ZAHRA通りをまっすぐ歩き、右手に出たバス乗り場でビリン行きバス乗車。
(1人7NIS)

約30分程でビリン到着。

バスドライバーの兄ちゃん、乗客が我々だけになり

「ビリンのどこに行きたいんだ?」

と聞いてくる。

「分離壁を見たいのと、あと、ハイサムって人知ってます?」

と答える。

「壁はこの道をまっすぐ行けばいい、ハイサムは知ってるよ。」

と言って

「帰りにもしバスが拾えなかったら、電話しな。」

と言って、電話番号を教えてくれる。

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ここに来る前に観た映像や聞いた話から想像からは
拍子抜けするほどの、長閑で静かな穏やかな村。

オリーブの植えられた畑の脇をちょらちょら歩く。

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遠くに分離壁が見えてきた、その時。

壁の方から地元の人が3人乗った車がやってきて、我々の前で止まる。

「どこに行くんだ?」

「壁が観たいのですけども、この道であってますかね?」

「この道でいいけど、今は誰もいないよ。」

「あ、うん。誰もいなくても大丈夫です。
 分離壁を見てみたいだけだから。」

「そっか。んじゃ、気をつけて」

なんつって立ち去る。

引き続き、ちょらちょら向かう。

と。

先ほどの車、カムバック。

車内2人に減っている。

「乗ってきな。」

と言う、ので、乗せてもらい、壁まで移動。

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イスラエル兵に焼かれたオリーブが所々に。

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抵抗運動中、命を落とした村人の墓。
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分離壁の見える場所まで行き、話を聞かせてもらう。

聞けば、抗議運動で以前より壁を500mイスラエル側へ押し返したらしい。
この2人、この近くで子供の遊べる施設を作っていてその作業員だと言う。

「分離壁の近くに作って子供達は危なくないの?」

と聞く。

「どうして危険なんだ?ここは俺たちの土地だ。
 危険だと思う場所には作らないよ。
 本当はあの壁の向こうまで俺たちの土地なんだけどね。」

イスラエルが

「自爆テロを防ぐための治安維持対策」

という理由で建設を始めた分離壁。

しかし、国連の定めた停戦ラインよりもパレスチナ側に入って建設され
ここビリンでは、オリーブ農家が突如
イスラエルに畑を破壊され土地を奪われた。
当然、それまでオリーブを育てて生計を立てていた農家は職も土地も失った。
以前は分離壁の向こう側もビリン村だったと、2人は言い
この向こうに自分の畑があった農家の話もしてくれた。

ギリギリまで壁に近づきすぎると危険だから。

と言って、そこそこの距離で村へ戻る。

ハイサムの話をすると、知ってるよ。
と言って電話してくれ、そのまま、ハイサムの家の前で降ろしてくれる。
と、そこにはすでにハイサムが立って待っていてくれた。

2人にお礼を言って別れる。

ハイサム宅にお邪魔しつつ、いろいろな話を聞かせてもらう。

基本的に語学力に乏しい我々。
聞きたい事が山ほどあって、伝えたい事も山ほどあるのに、おぼつかない。
そして、彼が話してくれる事を必死に聞きとろうとする。
も、完全には理解できない。

村人に向けて撃たれるゴム弾。
当たれば当然痛いし、当たり所が悪ければ致命傷になりうる。
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それでも、彼の作ったフィルムを見せてもらったり
実際、彼が今、反分離壁運動の事をどう思っていて
これからどうすればいいと思っているのか。
それを聞かせてもらう。

かなり冷静に見ている。

と思う。

いろいろな課題や問題もまだ山積みの中で
この運動を続けている。

その精神力に敬意を払う。

昨晩もイスラエル軍の「夜間ガサ入れ」があったと言う。

「夜間ガサ入れ」

深夜、皆が寝静まった頃、イスラエル兵が「治安維持」を名目に
一般家庭に押し入り危険物を持っていないか、等を調べるのだという。
突然やってくるイスラエル兵に子供の観ている前で
乱暴に押さえつけられたりして、それを見て子供が泣いていようと
おかまい無しに家の中を調べていくのだと言う。

「ただの嫌がらせだよ」

寝る時間を奪い、住民の生活に影を落とし
抵抗運動の気運を削ぐのが目的だろうという。

パレスチナ人は壁の向こうに自由に行けないのに
イスラエル側は平気で入ってくる。

なんだこの理不尽。

疑問に思っていた事をハイサムに聞いてみる。

「パレスチナの人々は、1つの国として独立する事を望んでいるんですか?
 それとも、イスラエルと関係が改善できたら
 協力していけたらそれでも良いと思っているんですか?」

そう、イスラエルとパレスチナを見ていて思ったのは
経済的な発展度で言えば、イスラエルの方が遥かに上。
もし、この2つの国が完全に分かれれば経済面で
深く関係している部分はどうなるのか。
パレスチナは貧困という問題に押し潰されてしまうんじゃないか、という事。
民族の誇りは大切だけれども、それで子供達のお腹が膨れるわけではないし
貧困が新たな火種を産むだろうし。

「それは...難しいね。僕もどちらがいいのかは解らない。
 確かに、今のパレスチナはイスラエルに及ばない点がいくつもあるし
 経済面で頼っている事も無視できない。
 実際にこの村の中でも、以前より反抗運動への熱は冷めてきている。
 イスラエル兵の嫌がらせでまともに寝られず、昼間は仕事して
 そこにさらに反抗運動までっていうのは生活への負担が大きすぎる。
 それでも、運動は続けないといけないんだけれどね...」

話を聞いていると、村の住民の中でも、生活への負担から
抵抗運動に参加する人が少し減って来ている。
実際、抵抗運動中にイスラエルの使う催涙弾や
ゴム弾の直撃で怪我をしたり、中には命を落とした人もいるという。

その一方で、外国から来て、抵抗運動に参加する人もたくさんいるらしい。

けれども、外国から参加する人の何割が本気なんだろう?
とか思ってしまう。
その人達は、何か問題になっても自分の国という逃げ場がある。

村人が非暴力の抵抗運動をしていても、もし、誰か1人が石を投げたり
イスラエル兵を殴ったり、といった暴力行為を行えば
それは、イスラエル側に「武力行使の口実」を与えてしまう。
もしそれが、大きな衝突に発展してしまった時
腹を据えてそこに留まれるのか?
SNSに書くネタ位の気持ちで来ている人もいるんじゃないだろうか。
とか、意地悪な事を思ってしまう。

「抵抗運動」「レジスタンス」「反抗精神」
そんな言葉はかっちょよく思えるし、その運動に加わる高揚感もあるだろう。
でも、そこで生活している人はファッション的に
そんな行動をしている訳でなくて、切実だと思う。

シリアでも、最初のきっかけは
「外国人活動家の煽動」だったという噂を見かけた。
ネット上で見かけた事だから真偽は解らないし、何とも言えないけれど。
もし、その活動家が「武力行使したい側の送り込んだ人間」だったら?
とか、いろいろ考えてしまう。
ほぼ妄想だけど、人々がいがみ合っていた方が、都合のいい人達もいるだろうし。

数時間滞在させてもらって、家を出る。


バス停まで歩き、辺りをちょらちょらしていると

民家の壁に銃痕があったり。
その痕を見ていたら、2階から声をかけられた。
そこの家の少女が興味津々に話しかけて来た。

「日本人?」

「そうだよー」

とか簡単な会話だけして別れる。

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ラマーラへ戻り、エルサレム行きバスに乗る。

ラマーラで遅い昼食。シャワルマ。
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途中、チェックポイント。

パレスチナ側からイスラエルに入るには金属探知機をくぐって入る。
逆の時は何も無いのに。
地元の人はそのチェックの為に、時間を浪費させられる。
なんだかな。

バスを降り、ダマスカス・ゲートの辺りをちょらちょら。

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アラブ系の店の並ぶ辺りをちょらちょらする。
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で、お菓子屋でこれ食す。
クナファなるチーズ味のめっさ甘いお菓子。
んまし。
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くりくり、なんとなく体調悪し、早めに宿へ戻る。

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※エルサレム → ラマーラ → ビリン

ダマスカス・ゲートを出、エルサレム・ホテル前のバス乗り場で18番バス乗車。(1人7.3NIS)
約30分でラマーラ。

ライオンのモニュメントのあるサークルから見える
「HOLLYWOOD」とでかい看板のあるビルの横の道。
「AL-ZAHRA通り」をまっすぐ歩き
右手に出たバス乗り場でビリン行きバス乗車(1人7NIS)
約30分でビリン。

ビリンは本当に小さな村で、少し歩いてみても店も無かった。
「抵抗運動の最前線」という言葉からイメージするような
武骨な感じは無く、穏やかな人気の無い所。
ちなみに、この村の事が「壊された5つのカメラ」という
ドキュメンタリー映画になっているので
それを観てもらえればよく解るかも。




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by kurikurigururi | 2014-12-04 22:10 | パレスチナ | Comments(0)

「分離壁〜プロテスト•アートのキャンパス〜」

分離壁。
イスラエル側が建設したコンクリート壁。
名目は自爆テロ防止のためと説明している。
しかし、イスラエルの入植地を恒久的な自国領土とする既成事実化を
目的とされていると言われ、この壁がパレスチナ人達の生活を分断し
彼らの生活に多大な影響を与えている。
この壁の建設は国際的に非難されている。

 
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2005年8月
イギリスの覆面アーティスト、バンクシーがイスラエルを訪れ
監視塔から銃で威嚇されながら、9枚の絵を残す。
たくさんの銃を向けられながら行ったアート•テロ。
それから、多くの人が壁をプロテスト•アートの表現の場として
政治的抗議の絵が増えて行く。
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レイジのジャケをパクったものもw
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日本語発見。
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チェックポイントの駐車場。
夕方で車がほとんどいなかった。
チェックポイントを抜けてイスラエル側へ入る時
後ろから来たアラブ系の若者はとても入念にチェックされていて
我々がほとんど何も無くスルーできたのに
しばらく出てこなかった。
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壁周辺を歩いていたら、パレスチナ人の若者が
イスラエル側の壁の警備員と笑いながら挨拶していた。
知識だけで見ると、違和感のある光景だったけれど
何も無ければ、毎日顔を合わせるだろうし
少しづつ親しくなるものなのかもしれない。
或は
壁の近くではイスラエル側とうまくやって行かないと
生活が出来ないのかもしれない。
常に臨戦状態ではないし
何より、壁に描かれた絵を見にツーリストが訪れる。
ガイドブックには載っていないけれど
観光名所の一つではあるし。
と言っても、このコンクリート壁は
無い方が良いとは思う。

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※ベツレヘムのへブロン通りを北へ歩いて行こうとしたら
めっさ親切なタクシーにタダで乗っけてもらったので
相場の金額は解りません。
歩ける距離ではあります。
イスラエルへ戻る時は、帰りのバスがチェックポイントの辺りから
出ていますが、夕方とかだと中々来ないので、ご注意をば。


















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by kurikurigururi | 2014-12-02 23:14 | パレスチナ | Comments(0)

「聖誕教会〜ミルク•グロット」

聖誕教会。
イエスが産まれたとされる所。
メンジャー広場に面した場所。
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入り口は小さい。

「謙虚のドア」

どんな人もかがまないと入れない。
この辺、日本の茶室に考え方が似ている気がする。
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天井。
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聖誕教会の隣、カテリーナ教会。
12/24のミサの中継が行われるのはここ。
ヘブライ語の聖書をラテン語に翻訳した
ヒエロニムスの像。
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再び、戻って。
聖誕教会の地下編。
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イエスの産まれた場所。
と、されている祭壇には人がひしめき合っていて
荘厳とか厳粛といった雰囲気は無い。
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ここ、この星形の場所がイエス聖誕の場所、らしい。
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このモザイク。
コンスタンティヌス帝の頃に作られたもの。

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お静かに。
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ミルク•グロット。
メンジャー広場を背に、聖誕教会の脇を東へ。
5世紀から元となる教会があり
マリアがこの洞窟の中でイエスにおちちを与えようとして
そのおちちが数滴地面に落ちた所
赤かった大地がそこから白く染まっていった。
というファンシーないわれのある場所。

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ここから下に降りて行く。
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巨大なステンドグラス。
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最近作られたと見られる小綺麗な祭壇。
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周辺の眺め。
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by kurikurigururi | 2014-11-30 23:13 | パレスチナ | Comments(0)

「ベツレヘム雑景」

聖地ベツレヘム
旧約聖書にも登場する町。
ダビデがこの町の出身である事から
「ダビデの町」とも言われる。
エルサレムから南に10kmほどの場所。
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パレスチナの独立を訴えるメッセージが至る所に。
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町を歩いていたら、何やらデモ行進に遭遇。
なんのデモかは解らなかった。
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by kurikurigururi | 2014-11-27 23:37 | パレスチナ | Comments(0)

2012/09/08 「ベツレヘム、ヘブロン、分離壁」

朝食付きって、ありがたい。
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腹ごしらえし、今日はヘブロンという町へ。

ダマスカス・ゲート前のバス乗り場から21番バス乗車。(1人片道7NIS)
(*124番でもいけるけれども、チェックポイントで降ろされる。
  ので、ヘブロン行きは21番がスムーズ。分離壁の絵が目的なら124番で。)

約40分程でベツレヘム着。

降りた場所からすぐにヘブロン行きバスに乗り換え。(1人片道6NIS)
アブラハム・モスクに行きたいと伝える。
と、終点で降りるように言われる。

1時間程で、到着。

バスを降り、モスクまで細長いスーク(マーケット)内を歩く。

ここはもう、パレスチナ。

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街を歩いていると、イスラエルとパレスチナの境界線となっているで

分離壁が時折現れる。

イスラエルが建設したこの壁を境に、二つの国が向かい合っている。
正確にはパレスチナはまだ国としては認められておらず、「自治区」。

細い路地に店が並ぶスークを歩いて行く。

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路地を行く人々の頭上に張ってある布やビニール。
これは、分離壁の向こう、イスラエル側から投げられる
ゴミやら何やらを受ける為の物。

歩いていると客引きに声をかけられたり、ニイハオ!とかコンニチワ!
なんて声をかけられる。
結構フレンドリー。

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イスラエル人は西洋の顔立ち、パレスチナ人はアラブの顔立ち。

エルサレムでは無かった、アラブ人特有のしつこい位のコミュニケーション。

スークを抜け、アブラハム•モスク着。

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祈りの時間でまだ中に入れないとの事。

近くの分離壁からイスラエル側に出、隣のユダヤ教側から入ろうとする。

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も、こちら側は今日は開いていない。

との事。

入れる時間まで日陰で虚脱しつつ待機していると。

パレスチナ人の少年が数人、我々の周りに集結。
物売りかと思えば、ただ話したかっただけの様で
片言の英語で


「エロい事ばっか」


話してくる。

適当にあしらいつつも、少し辟易。

そんなこんなでモスクが開き、中へ。

ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の祖とされているアブラハムの墓所。

3つの宗教の聖地であり、そのためにこれまでにも
何度か惨劇の舞台ともなった場所。
建物はイスラエル側がユダヤ教
パレスチナ側がイスラム教で分断されている。

この町は1997年にイスラエル軍を段階的に撤退させる事で結ばれた
ヘブロン合意によって、今はイスラエル当局の管轄は町の約2割
パレスチナ当局の管轄は約8割。
しかし、ヘブロンでは、パレスチナ人を追い出す為の
イスラエル入植者からの暴力や嫌がらせが多く
国際監視団が入っているという。

モスクを見た後、バスでベツレヘムへ戻る。(1人9NIS)

ヘブロンの町中を歩く帰路、パレスチナ人男性に

「少女2人がイスラエルに撃ち殺された部屋を見ていかないか?
 金は要らない、それと何か買ってくれ。」

と話しかけられた。

少し怪しかったので断ると

「何故、イスラエルの物は買ってパレスチナの物は買わないんだ!」

と言われる。

少女の悲劇をビジネスにしているじゃないか。

と思うし、パレスチナがかわいそうだから物を買うってのも違うと思う。

バス停から、ベツレヘムの街中を抜け
イエスが生まれた場所とされる聖誕教会へ。

20分程歩き、着。

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ツアー客多し、鬼混み。

生誕の場所は地下にあり、そこへ入る為の行列がとにかく長い。

とりあえず、教会内、他の場所を見る。

ヘブライ語をラテン語に翻訳したヒエロニムスの像。
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くるりと回ってき、かなり短くなった列の後ろに着き、待っていると。

後ろの団体のガイドが「グループじゃなければ反対側から入れるから、着いてきなさい」
なんつって、入口まで案内してくれ、地下へ。

中は人で大渋滞、教会のスタッフも人をさばくに必死。
がために、ドヤドヤしていて思ったほど敬虔で荘厳な雰囲気は無し。

聖誕教会を出、脇の道をちょらちょら。

パイタイム中のマリア様が

「イエスをエジプトへ逃がさなければならない。」

と言われ、出かける準備をしていた所、母乳が何滴か地面に落ち
赤い地面が白に変色、した場所。

というミルク・グロットと呼ばれる教会へ。
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来た道を戻り、21番バス乗り場から北へ向かって歩く。

目的は分離壁。

そこに描かれた絵。

壁に向かい、歩いていると、タクシーに声をかけられる。

「チェックポイントに行くのか?乗っていけ!5シェケルで!」

と言われるも、歩いて行くと答える。

「分離壁の絵を観に行くんですよ。歩くからいいよー」

と答えると

「絵を観に行くのか!じゃあ乗ってけ!タダでいいよ—」

なんて言われる。

怪しみつつも、ベドウィン出身だと言うおっちゃんの言葉を信じ
分離壁まで乗せて行ってもらう。

「日本は良い国だ!それで、なんでみんなエルサレムに泊まる?
 こっちに泊まればいいのに!今度こっちに来たら俺の車使ってくれよー。」

なんつって、普通に帰って言った。

なんだ、ただの良い人か。

ありがとう、おっちゃん。

と思い、分離壁へ。

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イギリスの「アート•テロリスト」と言われているバンクシ—という画家が
この壁に絵を描いたバンクシ—アートがパレスチナ側の壁に描かれている。
そして、それに触発された人々がさらに壁に絵を描いている。


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壁沿いに歩きながら、イスラエル側へ抜けるチェックポイントへ。
道中、くりくり、道端に座った少年たちから雑誌の

「女性が水着で横たわっているページ」を見せられる。

あほか。

と思うけれども、少年てそういうもんですし、おすし。

チェックポイント近くでジュース売りの若者が声をかけてくる。

兵士に向かって

「歩きの入り口はこっちだ!ヘイマイフレンド!彼らは俺が連れてくよ!」

守衛のイスラエル兵に「ヘイ!マイフレンド!」って。

意外に仲がいいじゃないか。

がしかし、すでに行き方は知っていたので
その旨を伝えるも、かなりつきまとわれ

「ジャパンイズグッド、チャイナイズノ—グッド」

なんて言いながら最後にジュースを買えと言う。

「今、いらないし、他よりめっさ高いですし、おすし。」

と伝え、立ち去る。

と。

「チャイナイズグッド!ジャパンイズノ—グッド!」

「お前のか—ちゃんでーべぞ!」

的に言い放って走り去る。

プライドは無いのか。

というか、パレスチナ側に来て感じたのは
パレスチナ人の中には、自分達の置かれている状況の中で
ひねくれてしまっているというか、卑屈になっている人が多いのかもという事。
それだけ嫌がらせをされても経済的な面や発展度では
イスラエルがなければやっていけない。
けれども、イスラエルは受け入れられない。
みんなパレスチナに同情はしてくれるけど、何かしてくれるか?
といえば、具体的には何もしない。
そんな状況の中で、卑屈な感情が産まれているような感じがした。
もちろん、そんな感情に飲まれる事も無く、冷静に考えている人だっている。
あくまでもこれは、たった1日の中で会った人から感じた印象。

チェックポイントでパスポートを提示し、通過。
124番バスでエルサレムへ戻る。

宿へ戻り、洗濯等。

ぐるり、本日もドミに誰もおらず、貸し切り。

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※エルサレム → ベツレヘム(約40分) → ヘブロン(約1時間)
 
ダマスカス・ゲート前のバス乗り場から21番バス乗車。(1人片道7NIS)
(*124番でもいけるけれども、チェックポイントで降ろされる。
  ので、21番がスムーズ。分離壁の絵が目的なら124番で行けば良い。)

 降りた場所からすぐにヘブロン行きバスに乗り換え。(1人片道6NIS)

※「少女が撃たれた部屋を見て行ってくれ」とか声をかけてくる人がいる。
  イスラエルのやっている事の酷さを外国人に伝えたくてやっているのかもしれない。
  けれど、見た後で金銭を要求されたりする事があったり、女性や1人旅の人なんかは
  ついて行って危ない目に会う事があるかもしれないので迂闊について行かないように!

※チェックポイント → エルサレム(1人5NIS)
 
 イスラエルからパレスチナへ入るのは簡単だけれども
 逆は治安維持の為、金属探知機なんかでのチェック有り。
 外国人ならそんなに厳しくないけれど、地元のパレスチナ人は
 結構入念にチェックされていた。
 
※聖誕教会 入場無料
 バスを降りた所(ヘブロン通り)から、歩いて行った。徒歩約30分くらい。
 とにかく、ツアーの団体客が多く、それと被ると敬虔な雰囲気というよりは
 ドヤドヤとした感じの中で観る事になる。
 
※分離壁
 バスを降りたヘブロン通りから歩いて行こうとしたら
 タクシーのおっちゃんがタダで乗っけてってくれた。
 ので、相場は解らないけれども、歩こうと思えば歩ける距離。
 おっちゃんの最初の言い値は5NIS。

※イスラエル側から
 パレスチナへ行くにはパスポート必須
 忘れないように!!
 

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by kurikurigururi | 2014-11-21 23:27 | パレスチナ | Comments(0)

「 嘆きの壁 」

ユダヤ正教が祈りを捧げる嘆きの壁。

遥かな昔、ここに建っていたユダヤ正教の神殿の名残り。

今、そこにはイスラム教の聖地、岩のドームが建っている。
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壁へ続く通路。
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夜の間、溜まった夜露が壁の草を伝って落ちてくる。

その光景が、壁が涙を流しているように見える事から

嘆きの壁と呼ばれるようになった。
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無数の白い鳩は神の霊といわれている。
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悲願を書いた紙を壁に挟む。
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その服装と、もみあげが特徴的なユダヤ教徒。
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夜、日が落ちてからも壁にはたくさん人が訪れている。

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「祈り」というのは、どこに届くのだろう?
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by kurikurigururi | 2014-11-13 23:09 | イスラエル | Comments(0)

「ヴィア•ドロローサ〜聖噴墓教会」

ヴィア•ドロローサ。
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裁判で有罪とされ

磔にされるキリストが十字を背負い、ゴルゴダの丘へと歩いた道。

全長約1Km。

世界各地からキリスト教徒がこの地を訪れ、この道を歩く。
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キリスト教徒でもないけれど、我ら通りすがりの者も一緒に歩く。
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その行き着く先は。

キリスト教最大の巡礼地、ゴルゴダの丘。

そこに建てられた聖噴墓教会
「クネスィヤット•ハ•ケヴェル」

最初の人、アダムの頭蓋骨が眠るとも言われている場所。

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毎日多くの人が訪れる。
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イエスの墓
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息を引き取ったキリストが横たえられ、香油を塗られたとされる場所。

涙を流しながらひざまずく人もいた。

そんな場所で写真を撮っている自分達をひどく無粋に感じる。
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教会内で灯されている祈りの火。

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※毎日たくさんの人が訪れるので、ゆっくり静かに見たい人は
朝早くに行った方が吉。
日中にツアー客等と重なると人ごみの中を歩きながら
いそいそと見ないといけないので。

※聖墳墓教会内でも盗難などあるようなのでご注意を。
誰でも入れるし
「聖地だから大丈夫だろう」
という油断でやられるみたい。








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by kurikurigururi | 2014-11-12 23:31 | イスラエル | Comments(0)